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2度と起してはいけない悲劇~アウシュビッツ~







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イラン、そしてトルコのサンドウィッチ、ケバブ生活も徐々に飽きてきました。





やっぱり自炊したいなぁ☆





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どうも、るーたです。





イスラエルのあと、テロのせいでエジプトに抜けられなくて、





偶然、航空券が安かったから行った【ロンドン】





偶然、航空券が安かったからやってきた【クラクフ】





だけど、この3つの場所はとても繋がりの強い場所だと思うのは僕だけだろうか。





勉強しなさい!!と言われんばかりのこのルート。




イスラエルでユダヤ教について学び、




パレスチナ問題の根源であるイギリスに行き、





ユダヤ人が迫害にあった【旧アウシュビッツ強制収容所】へ行く基点となる町【クラクフ】





へやってきたれあれあ号




まだ解決の見えない大きな問題を抱えて生活をしているイスラエルの人々とパレスチナの人々。


パレスチナ問題は知っておかないと・・・ね。



パレスチナ問題を国連に押し付けて、裕福に生活しているイギリス人。





そしてユダヤ人迫害という残酷なことが行われていた場所。





【旧アウシュビッツ・ビルナケウ収容所】(アウシュビッツ博物館)





どんな場所で、どんなことが行われていた場所なのか。





見学しに行こう。





ということで、訪問した【アウシュビッツ博物館】





クラクフ中央駅のバスターミナルから直行バスで




往復28ポーランド・ズロチ(約980円)




今回れあれあ号は、アウシュビッツ博物館で唯一の日本人ガイド中谷さんのガイドツアーに参加しました。



中谷さんの連絡先(ガイド申込)はコチラ
nakatani@wp.pl






アウシュビッツ博物館は無料で公開されているが、ガイドをお願いして見学する場合はガイド料が必要。
※人数にもよるみたいだが、れあれあ号のときは一人40PLN(約1,400円)




正直、このアウシュビッツで起こったこと、見学したことをこのような旅ブログの一つの記事にしてしまうことにためらいがある。




大して知識があるというわけでもなく、ただここへ訪れて見学したというだけの身だから。




だけど、




「こういう悲劇を2度と起してほしくない。起してはいけない。」




ということをアウシュビッツであったことをあまり知らない読者の方に知って、少しでも考えてもらいたいので、つたない記事になるかもしれないけど記事にしたいと思う。





アウシュビッツのあるアフィシエンチムはクラクフから約54キロ離れた場所にある。





【ゲットー】という言葉を聞いた事はあるだろうか??




【ゲットー】とは、ユダヤ人が強制的に隔離さえて、押し込められて居住地区であり、中欧・東欧各地に作られていた。




【ゲットー】の目的は、強制労働である。




ナチス・ドイツ軍は【ゲットー】を作っていたが、収容しきれない数のユダヤ人が各地から送れてきて徐々に機能しなくなってきた。





そこで作られたのが【アウシュビッツ強制収容所】





当時アウシュビッツ収容所は、





国際的には、強制収容所ではなくて罪人などが収容される施設として発表されていた。





国連などが何度も査察に訪れているが、区画整備され、木々が植えられるなどキレイに整えられたその設備は、『問題無』という評価を受けていたらしい。





これは全て、ナチス・ドイツ軍が周りを騙していたということなるだろう。





その設備は、今僕が見ても、大学のキャンパスなんじゃないかな?





と思ってしまうほど整ったものだった。





ナチス・ドイツ軍はもともとはユダヤ人を殺す計画は無かったらしい。





が、前述の通り収容キャパを越えるユダヤ人が送られて来て、対応出来なくなってきた為、





人々を殺害する。という残酷なことを行うようになった。





その悲劇の舞台がここ【アウシュビッツ】





ここでは、130万人、150万人(定かではない)とも言われる人々が命を奪われた。





収容所の入り口には、


IMGP9159.jpg


IMGP9140.jpg





【ARBEIT MACHT FREI】
(働けば自由になる)





という文字が。【ARBEIT】のBが逆さまになっている(Bの上のほうが膨らんでいる)のは、収容者がこれを作る際に抵抗の証として作ったらしい。




この収容所に28棟あり、1棟に700~1,000人が収容されており、最大で約28,000人もの人々が収容されていたらしい。




なぜユダヤ人が標的になってしまったのか?




それは訪れる前からずっと疑問だった。そのことについてある人が質問した。





「ユダヤ人は金持ちで優秀だったから。」





僕は学校でそう聞いたことがある。





でもそれは違った。ある人が、ガイドの中谷さんにこう質問した。




「なぜナチス・ドイツ軍は、裕福なユダヤ人の財力を味方につけて利用しようと考えが無かったのでしょうか?」




中谷さん「いや、そこなんです。ユダヤ人が裕福だったなんていう事実は無いんです。元々ユダヤ人は身分の低いとされている人々だったんです。その裕福になってはいけない人々が、お金を持ち始めて、権力を持ち始めたんです。」





力を持ち始めたユダヤ人に脅威を感じたナチス・ドイツ軍は、そんなユダヤ人達を、




「悪いことをしてお金を得た。彼らのせいでドイツ人は苦しんでいる。」




といったイチャモンを国民に植え付けてユダヤ人迫害への意識を植え付けたようだ。




『ユダヤ人迫害』はもちろん当時も少なからず世界中に知れ渡っていたらしい。




けれど、なぜそれを助ける動きが無かったのか?




それは、世界全体が不況だったかららしい。自分達の国に手一杯だったためにそういう動きが生まれなかったんだって。




この一枚の写真。



CIMG2521.jpg





男の人が方向を指している。




彼は医者です。




彼は、労働力として使えるか、使えないかを判断しています。




女性と子供は使えないと判断されます。




使えないと判断されて指を刺され歩いていく先には・・・




【ガス室】があります。


IMGP9158.jpg


IMGP9152.jpg


IMGP9150.jpg





・・・





そう、一人の医者の見た目だけの判断で、『生』か『死』かが決まっています。




でも、彼はそれを分かってても彼は苦しみも何も無かったようです。




なぜなら彼の仕事は『生』と『死』の選択ではなくて、




目の前の人が労働力として『使えるか』『使えないか』の選択だったから。




恐ろしいですよね。




収容所内でナチス・ドイツ側の人々には、全て精神的負担というか、罪悪の念を芽生えさせないようなシステムが作られたようです。




本当に驚くほど随所でそのようなシステムがあったようです。




医者に『労働力として使えない』と判断された人々は【ガス室】に送られ、

IMGP9158.jpg



チクロンBという殺虫剤によって殺害されていました。

P1011410.jpg





ガス室で殺害された人々の遺体を処理していたのは、全てユダヤ人。。。




ここもナチス・ドイツ側の人間には精神的負担が無いようなシステムになっていたようで、




負担になり得るようなことは全てユダヤ人がやらされていたそうです。






ここは、【死の壁】。


CIMG2523.jpg






ナチス・ドイツのやっていることに反対した人は全てここで銃殺されたらしい。







そして、アウシュビッツから2キロ離れた【ビルナケウ収容所】




ここはアウシュビッツよりもさらに大きい収容所であり、『一大殺人工場』であった場所。




上述した医者が方向を指示している写真もここのもの。




この車両に数百人の人が乗せられてここに運ばれてきたらしい。

IMGP9171.jpg




収容所

IMGP9186.jpg


IMGP9188.jpg


真冬には-10度を下回っていたらしい。

IMGP9190.jpg


IMGP9191.jpg





そのほか、博物館には、ユダヤ人から没収した衣服、トランク、めがね、義足や義手などが犯罪の証拠として残っていた。


IMGP9168.jpg


P1011409.jpg


IMGP9141.jpg

IMGP9146.jpg






本当に本当に残酷なことが正当化されて行われていたこの地。




見学していても、今こうして記事にしていても考えることが本当に多い。




当時ナチス・ドイツ軍がどのようなことを行っていたかをまとめてみた。




けれど、実際にこのアウシュビッツ博物館を訪問してみて、ちょっと不思議な感じがした。




ガイドの中谷さんの、




「ここでそんなことが行われたなんて思わないでしょう?」




という問いかけの通り、本当にそんな悲劇があった場所なのかな?




と思ってしまうほど、シンプルに、且つ淡々と展示・説明(ガイド)されているような印象を受けた。




展示物を目の前にして、心苦しさもあったけど、頭のどこかで冷静に、現実離れしたその事実(行われていたこと)に対して、「本当に起こってたのかな?」と思ってしまっている自分達がいた。





正直、もっと、色々残酷な写真が展示されていて、もっと色々なものが細かく展示されていると思っていた。




見てるのがもっともっと辛くなるような展示があると思っていた。





そんなふうに思っていると、中谷さんはこう続けた。





「それは、何のためにここを博物館として公開しているか?その『目的』によると思います。」





「この展示の目的は、ナチス・ドイツ軍が何をしていたか、どれだけひどいことをしていたかという展示ではなくて、こんなことが事実としてあって、同じ過ちを繰り返してはいけない。そして人間はその過ちを繰り返してしまう可能性があるということを考えてもらえるような展示にしてあるからです。」




ということであった。





それを聞いてちょっと納得した。





そしてその“目的”が僕に色々なことを考えさせてくれた。





・・・





今日もアウシュビッツ博物館では、ユダヤ人とドイツ人が隣同士で、同じ展示物を眺めている。





お互いに複雑な感情があると思う。





アウシュビッツ博物館を見学して色々なことを考えた。





・ユダヤ人を虐殺して何か利点はあったのか?





・多くのユダヤ人がここで命を奪われた。武力で、力で制圧されることをよく知っているはずの彼らが何故今パレスチナを武力で制圧しているのか・・・





・ヒトラーは民主主義で選ばれている。そしてナチス党が選ばれたときの議席数は全体のたったの37%。その少なく思える議席数でもトップに立てば独裁政治を作り上げることが出来る・・・民主主義であってもそんなことが起こってしまうということ。日本でも起こりうるし、これは他人事ではないように感じた。







見知らぬ他人に勝手に判断されて




『殺されていい人なんて無い。奪われていい命なんて無い。』




それだけは言える。








最後に、






当時、アウシュビッツで行われていることを「何もしらない」という市民はいなかったらしい。





だけど、この一連の事件が行われているなかで一番多かったのは、ただそれを黙認する市民、つまり【傍観者】たち。





その【傍観者】が、結果的にナチス・ドイツ軍の一番の後ろ盾となっていたらしい。





もし僕達がその時代、その場所にいたら、【傍観者】になり得る可能性が一番高いだろう。





そのとき、自分はどういうことを考え、どう行動するんだろう・・・。























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[ 2014/06/10 07:05 ] ポーランド | TB(0) | CM(0)
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